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2007年10月31日 (水)

区外施設視察

区外施設視察
区外施設視察
区外施設視察
朝9時出発

ひとつ
港区内小学生が夏期学園に使う箱根ニコニコ学園
僕が昔行った面影もなく立派な御殿
今の港区の子供は幸せだが、やはり子供はどこでもがやがややるもので箱なんか関係ないかもなあとか思う(その位充実)
都会の子たちが、山登りやら屋外に親しみにくる施設なのに立派すぎる体育館には疑問
一度も使われていない陶芸釜もなんで買ったのかなあ
居室は相変わらずの超大部屋でいかにも枕投げしたくなる感じ。立場上、よしよしとは言えないけど、ここでみんなで眠る経験はきっと子供たちの胸に大人になっても刻みこまれているのだろう

ふたつ
港区立のスーパー保養所「大平台みなと荘」
造りはデザイナーコンペをした凝りに凝った意匠
サービスも元ホテルマンが担当するぴか一ものだ
港区民は一度行くべきと思います(ただし稼働率100%近くてタイトな抽選が必要です)
食事も原価率100%でやるから市価3分の1、ランチをここでいただく

みっつ
既に閉鎖された仙石原みなと荘
僕の所属する常任委員会では今のところ売却を検討
大平台から近いこともその理由のひとつ

これらを視察後、区役所へ順調に戻り午後4時着

区民の福利厚生をさらに充実していく決意

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2007年10月23日 (火)

河と地域の安全

河と地域の安全
河と地域の安全
古河の整備を控え、東京都の施設である神田川の地下調節池視察@杉並区
地下五十メートルに巨大トンネル
この大事業で同じ規模の台風による浸水家屋三千戸がほとんどゼロに
水地下にため、台風が過ぎたらポンプで水を戻すらしい

お金がかかるなあ

と思いきや
三千戸浸水すると百五十億近くの被害になるらしい

しかしながら
真っ暗なトンネルの向こうに何かが住んでいるような気がしました

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2007年10月22日 (月)

総合防災訓練(麻布地区)

総合防災訓練(麻布地区)
総合防災訓練(麻布地区)
この訓練は

災害発生後
町会毎に集まり
非難所に集団で移動

というところから
始まります

麻布地区では
六本木中学に七百人近くの方が集まりした

集まってから
種々の訓練や
写真のサリンガスなどにも対応するエキシビションが行われ
最後は
地域の方の炊き出し訓練による豚汁とアルファ米のかやくご飯が振る舞われました
災害には心の備えもかかせません

ちなみに私は消防団員として準備側におりました

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2007年10月19日 (金)

新幹線に乗り哲学を思い出す

帰り道
新幹線は五時間の長旅

車窓からは
日本の風景が続く

美しい田畑が広がり
山並は緩やかだったり高かったり
工場が見えたり
凪いだ海が時折顔を見せたり
名も知らぬ町に入れば
散歩しているおじいさん
アパートのベランダでは若いお母さんが洗濯
三輪車に乗る小さな子供

そんな光景が続く

よっぽどおりたかったけど途中京都を通過

東京生まれ育ちの僕は京都に下宿し四年間、大学で哲学と倫理学を学んでいたのだ

哲学は人生論ではない
人間の存在とは何かを科学的に追求するもの

朝まで安い焼酎を煽り、仲間と哲学議論をしたものだった

淡い想い出もある
アルバイトもたくさんした
筒井康隆に憧れて同じ劇団に入り拙い脚本を書いたりもした
多くの京都の人たちにも触れ合った

港区を離れて地方に暮らしたことは本当にいい経験となっている

その頃は本気で作家になるつもりだったけれど
今考えれば哲学と倫理学をとことん学んだことで、その後取り組む福祉につながり、やがて福祉施策に興味をもち、ついに地域政治につながって今があるのだ

京都駅に停車中
食い入るように見渡す

20年前ここにいたのかあ
そんな感慨もぶっちぎり
新幹線は走り続け
ようやく品川につく

ここは港区
わがまち、わがふるさとも日本中とつながっている

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2007年10月18日 (木)

原爆ドームの空

原爆ドームの空
原爆ドームの空
原爆ドームの空
水曜日、広島平和推進課長が行政説明

市の取り組む平和推進事業を熱く語る
その使命感に感銘

広島平和記念公園は
とにかくだだっぴろい
「ここは昔から公園だったんですか」と課長にきくと「とんでもない!当時一番の繁華街だったんです」
と答えた

街も命も原爆で一掃されたのだ

投下前後を忠実に再現した街の模型(写真)を比較してほしい

告白すれば
この模型をみただけで僕は涙を抑えきれなかった

市は平和事業に十億円近くを計上しているが原爆の現状を伝えることに関しては国は殆んど関与していない

国際政治のバランスはあるかもしれないが、この悲惨な事実は国として伝える責務がある

原爆ドームで考える
進む核拡散に対して人類は何をしているのか
日本は何をしているのか

僕はドームの側で空を見上げ考えていた

港区は米軍基地を抱え、アメリカを始めとする大使館が日本一多く存在し、平和都市宣言を採択している

僕にできることはないか
まずは原爆展の開催を港区でしたいと思う

一時間近く僕は20万人の精霊に僕は祈り続けた

「過ちは繰り返しませぬから安らかにお休み下さい」
戦争は政治が引き起こすもの
政治に携わるものとして原爆ドーム視察は深く深く胸に刻まれました

詳細報告は機関紙でします

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初めての委員会視察

初めての委員会視察
初めての委員会視察

行革やシステム再編が担当の常任委員会視察
我が自民党はじめ公明党、フォーラム民主、共産党、みらい、全会派閥が出席

責任を感じていたのは、実は僕の調査発案が発端なのでした

月曜日は
北九州市役所
システム再編と行革について
港区も十年構想でちょっと専門用語だけど業務システムのオープン化を目指す
市民サービスを進めるには情報セキュリティにも十分配慮しなくてはならない
質問は時間をオーバー

夕方下関へ移動
九州から本州移動十五分にびっくり

火曜日は下関市役所
IT改革戦略
市長のイニシアチブでIT改革を進めているが
図書館カードから住民票なども出せ市民証も兼ねる画期的なITカードなどが市民に浸透しない
行政サービスのIT化の難しさを感じる
先進のサービス端末機なども視察

ここで会派全体の視察は解散

平和推進も担当の総務常任委員会有志四人で広島へ移動

まず原爆ドームへ

衝撃を受ける

僕は長い間黙祷を続けた

夜は広島市議会議員の若手ともちろん自腹で交流会

地方自治について熱く語る
交流会が終わってからもう一度、七戸議員と原爆ドームを見に行った

戦争は政治が引き起こすもの

胸が締め付けられた

広島の話は次回にあらためます

写真
・北九州市役所行政説明
・なんともアットホームな市役所。受付の女性とお年寄りが長話をしている

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2007年10月14日 (日)

僕の文化活動

僕の文化活動
さて本日は家から五分、ミッドタウンへお散歩のあと区役所へ区議会ニュースの原稿、
そのあと久々にバンド仲間がスタジオに結集(写真は渋谷のスタジオ、前回風景)

七十年代の大ヒット洋楽ばかり演奏する「オヤズィー・オズボーン・バンド」

理屈じゃなく音楽はいい

僕はドラムとボーカルを担当してます

結成三年、毎年原宿のアストロホールでコンサートをしております

まさかこの歳でバンドを始めるとは

昨年は某区立小学校百周年記念式典に特別出演
ディープパープルのハイウェイスターやらスモークオンザウオーターは刺激的すぎるかなあ
と心配しましたがみんなのりのりできいてくれました

港区には社会人が使えるスタジオがないんですよねえ
区内の地域バンドやオヤジバンドの祭典なんてのも誰か企画していただければ参加間違いなしなのですが

さて
もうひとつの文化活動

藤あや子さんやらマッチ、ゴスペラーズなど幅広く作詞をしておられる著名な作詞家Rさん(友人なんですが)のもとで作詞の修行を再開しました

20代、小説家を目指していた文学青年の僕は詞も随分書いたし、作詞家に憧れたものです

一年以内に、僕の詞に曲がついて誰かに歌ってもらうことが目標です

多忙だからこそ
文化活動や趣味をして
充実した生活ができる
文化都市港区でありたいと思います

港区には去年ようやく芸術と文化についての条例ができました
先日の決算委員会で取り上げた次第
文化ネットワークを形成し現代文化を象徴する港区の文化を区民にどんどん還元していって欲しいと思います


政治家のブログですがだいぶラフになってしまってますが、ここはあくまで区政報告というより雑感なのでお許しを

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2007年10月13日 (土)

日記

今日は日記風

朝区議会
土曜日は静かに調べもの

昼前に六本木フェスティバル@六本木中学
秋のスポーツイベントです
なかなか子供があつまらないなあ
と盟友Tさん
が嘆いている

多様な遊びが存在するなかで
地域での
手作りの
シンプルな
イベントはもっとも魅力あると思うんだけどなあ

六本木中学を出てから
麻布の消防団仲間の寿司屋でランチ

いけちゃん議会頑張ってる?
と励まされ
ちらし寿司

寿司を平らげてから武蔵小山へ

テンション高き
わが母校

都立小山台高校関係財団の勉強会「寺小屋小山台」に(何故か都立なのに財団あり)に二期生として入学したのです

少人数で激論します

講師は高校OBがつとめます
今日は国際貢献について

藤田公郎(インターネットで調べてみて下さい)先輩は外務省からジャイカ総裁
国際貢献のプロ
討論は4時間に及びました
戦後日本の復興からODAまで

島国日本だから
世界の動きが見えにくいのです

勉強会は来年三月まで

議員になってからさらに多忙になったけど学ぶことはやめません

それが幅広い課題を扱う議員は学んだこて全てが糧になると思うのです

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尊厳の見学

尊厳の見学
そうだそうだ
昨日は湾岸視察の前に
友人が社長を務める
老人ホームに見学にいったんだ
彼はいかに終のすみかをすばらしいものにするかしか考えていない
この質素で素晴らしい食事
人はどうやっていきても着地の仕方を考えなくてはならない

避けてはいけないことを避けてはいけない

友人の老人ホームには生きてある尊厳がきちんと存在していた

僕も港区の介護をしっかりと考えていきたい

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2007年10月12日 (金)

海の都市

Umi 私ですね

何でこんなに港区が好きなんだろう

と思うことがあるんですが、

その理由を考えてみますと、

やはり私をここまで大きく育ててくれた郷土愛というのは確かにあるんですが、

新しい文化や芸術の発信地であったり、

それでいて人情味溢れる人たち溢れる町会や、伝統的なお祭りも沢山ありますし、、

数え切れないほど魅了してやまない特性が港区にはあり、日本にはこんな素晴らしいところはないとも思っているんですが、ひとつ忘れていけないことは「海に面している」という立地環境があると思うんです。

こないだも神社の行事が海上で行われて参加したのですが、

海からレインボーブリッジをはさんで東京タワーなんか見ると

ほんと、どきどきするんですね。

無限の可能性を象徴している海に面していることが港区の魅力をさらにまた高めていると思いますし、昼間人口をこれだけ受け入れているは風土基盤には、文字通りいろんな人が行きかう港の機能そのものがあるんじゃないか、と思うこともあります。

また、港区は海だけではなく、都市機能が集中する最先端エリアでありながら、河川、運河といった水辺の資源に恵まれていると思うんです。

港区のまちづくりを行っていく上で、「心の安らぎや、貴重な自然環境」などに配慮した水辺空間のニーズは高まっていると思います。

新宿区では、昨年、「玉川上水復活に向けて」と題して新宿御苑100周年記念イベントを開催したときいています

もし、玉川上水が復活すれば、都市に清流が流れ、都市の川で子供たちが遊び、都市の夜に蛍が飛び交うんだ、これは夢じゃない!などとこのプロジェクトについて熱く語る友人もいるのですが、まさに、水辺環境の整備というのは私たちの住む住環境に対して様々な癒しや希望を与えてくれると思うのです。

港区でもこの新宿のプロジェクトに関わる慶応義塾大学の石川教授を招き、港区の3つの水辺事情(、お台場、古川、運河)お台場、やソウルの清流川再生「みなと水会議」を開催したときいています。

今後とも大いにこのような啓発事業をし、地域住民と一体となった水辺環境を考えていくべきだと思っています。

ということで、本日、国土交通省・東京都湾岸局にお骨折りいただいて、会派で海辺環境の視察に行ってまいりました。

コンテナ、ごみ、運河、、考えさせれることが沢山ありました。

海の写真は、ゴミの埋め立て地、あと、30年で一杯になってしまうとのことでしす。

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